離婚4周年、元夫が夢に現る

今朝、目覚めた時、先ほどまで見ていた夢を思い出せそうな気配がした。目覚める寸前に見てたような気がする。
思い出せた!
なんと元夫の夢だった。もうすぐ離婚して4年が経つ。もうすっかりあの人のことは忘れて生活しているのに拘らず、たまにひょっこりと夢に出てくる。
その夢は2種類あって、フツーに何かを話している場面。あまり話し合うことがなかった結婚生活だったのに、夢の中ではペラペラしゃべっている。
しゃべりながら、なぜこの人と離婚をしようとしているのだろう。不思議だなぁ。離婚する必要はどこにあるのだろう?と夢の中で考えている。
もう一つは、嫌悪感いっぱいでいらいらしているか、怒り狂っている。まさに離婚の修羅場が夢にも現れている。
徹夜で何かを仕上げなければならなくて忙しいのに、嫌味を言ったり、うだうだと帰ろうとしない元夫。
または、元夫からすごい勢いで逃げる私。お城の屋根伝いに、びよーん、びよーんと飛び降りる、まるでスパイダーマンかのようだったけど、それ程追い詰められていたのだ。
今回の夢は、元夫が、何か大切なものを探していて見つからないため、それを、私が隠しているか、無くしてしまったか、どちらにせよ私のせいだと咎める。
その時、背後に次女が現れて、怒る元夫の頭を花瓶で殴った。
まるで殺人ドラマだ。
気を失ったように見えたが、次の場面に登場していたから、生きていたんだ。
結局その大切なものは、元夫の旅行用スーツケースの中から見つかった。ほらごらん。いつもいつも人のせいにする人だったなー。
離婚で揉めている間、夫は、旅行の写真のネガを要求し続けた。それらしいネガは探してもなかったけど、最終的には次女が、旅行っぽい写真のネガを適当に選んで、渡すことになった。
偶然にも、その中に不倫旅行の証拠のネガがあった。
元夫は、このネガを取り返すため、いろんな手段を使って嫌がらせをし続けた。
このことが、まだ頭の隅にあるんだな。だからこんな夢を見たんだ。
完全に頭の中から追い出せるまでには、どれくらいの月日がかかるのだろう。
元夫が使ったいた部屋は、しばらくは足を入れるのもはばかれたが、昨年は、ビニールクロスのくすんだ壁紙の上に、空気を浄化する素材を自分で塗った。
壁が真っ白になって、染み込んだ嫌な臭いが軽減した。
今は、ほこりが染み込んだ絨毯をはがしつつ、床のリノベーションを計画中。
DYIなので、こつこつ時間はかかるけど、少しずつでも存在が消えていき、部屋が生まれ変わっていくは、とっても心地いい。
離婚してよかったこと

離婚して良かったこと
コロナでstay home alone
まさかのコロナ こんなことが起きるなんて
離婚してなかったら。。。。
二人で家にいるなんて耐えられない。
普段でも手を洗わない人だから、絶対に菌を持ち込んでたに違いない。それに濃厚接触している相手がいたし。
健康診断結果perfect!
20年来 肝臓の数値の一つ γ-GTPが高く、必ず再検査
言っておきますが、飲酒全くしません。ついでにたばこも。肥満でもありません。運動もそこそこやってました。
そしてなにか病気が隠れてないかと超音波検査、いわゆるエコーやCT検査で内臓がどうなっているのかチェックしてはじめて病気を特定できるんだけど、
それが特定できないから、年齢などからなり得そうな肝臓病を推測して血液検査。結果を聞きに行く。医師が言う。
『ちがうなぁ。じゃあこれかなぁ』
少しシビアな病気がpic upされる。
『ちがうなぁ。じゃあこれかなぁ』
もうかなりシビアですよ。肝臓移植しか助かる方法はない。
『ちがうなぁ。 まあ様子をみましょう』ってことになる。
離婚後、初の特定検診 その結果を医師が伝えた。
『完璧ですよ。』
し し 信じられない。 離婚までの精神的、肉体的疲労が溜まったからだだったけど。
原因が判明しました。 いなくなったからだ。去ってくれたからだ。消えてくれたからだ。ありがとう健康体を返してくれて。
好きなようにリノベーション
まず、念願の bath room. カビだらけ。毛染め剤でシミだらけ。人工大理石を奮発しちゃった。好きな時間にbathtime 朝ぶろもOK
壁を塗った。 薄汚いビニールの壁紙を真っ白にした。自然素材の乳液上なのでも私でもなんとか塗れた。化学物質は極力排除したい。
キッチンのガスレンジを変えて、ビルトインオーブンレンジを取っ払った。
冷蔵庫内を清潔に使える。干からびたパンや飲みかけの缶ビールもない。最近、小型のに買い替えた。
少しずつだが、もっと快適な空間をつくっていきたい。
PCを操る
苦手だと決め込んで、私にはできないと思いこんでいた。PC関連作業は元夫にお願いしていたが、、、やればできることがわかった。新しいPCを購入し初期設定をして、dropboxでデータ移行して、快適に作業している。
これからも自分でやっていこう!
TVの騒音から解放された
tvがないと言うとびっくりされるが、実に快適。聞きたくもない騒音の中で本を読むのは苦痛だった。
知らない俳優 杏ちゃんの元旦那さんも、どんな役者であるのか知らないし。水泳選手のCMも見たことない。
得たい情報のみで十分。余計なものはいらない。
義理の両親とのかかわり
いずれは訪れると思っていた老後の世話、親戚付き合い、冠婚葬祭、土地、お墓、などもろもろのものと縁が切れた。
後ろめたい気持ちもあるが、ほっとしている自分がいる。
もともと望まれた嫁ではなかったし、たぶん、新たな嫁が面倒見てくれるでしょう。財産家だから心配することないね。
my own car
自分で選んで、交渉して、購入したかわいい車。
二人分の飲みかけの容器、アイスクリームの袋、長い髪の毛が残された車をもうシェアすることもない。
確かに必要経費はかかるけど、コロナで使用しなかった時はいらないやと思ったけど、今年の夏の暑さでは、徒歩の買い物はきつい。やはり足は必要だ。
離婚して困ったこと
うーん 思いつかない
13. 夫の工場 in China
何とかして離婚条件をくつがえそうとする夫のプチん プチンと
巧妙な策略を潰していった
その甲斐があって、夫に要求した、共有財産から消費された旅行浪費代金、全額(愛人同伴も含む)が返還された後、
少しずつではあるが、娘たちへ生前財産分与が振り込まれた。その矢先、ちょっと安心して気が緩んだのか高熱を出してしまった。
体調不良のため、今晩の夕食は作れません
ゆっくりしてください。
夫のメールに目を疑った
I couldn't believe my eyes (自分の目が信じられなまった)
びっくり仰天メールに加え,キッチンにおかゆのレトルトが置かれていた。こんなやさしさが残っていたなんて。いったいどこに。
涙が。。。結局出なかったが。
次の日は今夜もまだ夕食は作れませんメールはしなかった。ぐったり寝込んでいる状態で察しが付くと思ったから。こんな優しさが残っている人なら察してくれると。
ところがどっこいですよ。
帰宅後キッチンから舌打ちが聞こえた。今度は耳を疑った。

I've come down with a high fever. (私、高熱で寝込んでいるんですよ。)
come down with~ ~で寝込む、倒れる外泊の連絡さえしない人にとって、夕食の用意の有無の連絡が必要だったんだ。
そして、夫は自分の分だけの夕食を作って食べた。たとえ私の分を作ってくれたとしても、とても食べられる状態ではなかったけど。
件名:私の工場の写真 添付:中国の工場

2016China Factory",”2017China Factory",私の工場の写真
寝込んだ2月28日に送られてきた中国の工場の写真だが、その時はとてもじゃないけど拝見する気力はなかった。熱が上がったり下がったりで一向に回復せず、1週間たっても微熱が続いた。
やっと受診できた時はインフルエンザB型だったんだろうという診断だった。
回復後にやっとそのお写真にお目にかかった。
私の工場って?まるで経営してるような響きだけど、この工場に委託し、部品を作ってもらってるだけでしょ。誇張し過ぎでは?
でも知らなかったわ。中国に工場を持ってたなんて。しかも2年前から。妻に内緒にすることなんでしょうかね。
いったい誰がその工場と引き合わせてくれたんでしょうか?その疑問に答えたくない。または答えられないから秘密にしておいたのですよね。
そんなこんなでフラフラの中、2018年3月9日 夫は香港旅行へ。一応仕事という名目。すでにわかってましたよ。お二人様ですよね。この旅行をお仕事ですよって正当化するために工場の写真を送って、くぎを刺しておいたんだよね。抜け目無いね
It showed. (それは見え見えだったよ/バレバレだったよ)
生活費の減額をもとに戻すよう要求すると
事業を継続してそのまま譲ってくれるから自分からやめてます
今となっては大正解です
解雇にすると退職金が100%でるので要求しました
会社は解雇があると採用に影響するので依願退職を勧めます
それで、会社から退職金をいくら受け取ったんですか?
返答はなかったが、後に退職金の領収書が見つかった。これだけ勤め上げて雀の涙にも満たない額が退職金と言えるのかな?
正解なら それまで通り生活費を入れないのですか?
現在でも自分で中国の工場で生産して販売できること事態が大正解です 売り上げはすごく変動してます
中国の工場で生産して販売。事業は大成功。彼女を連れて旅行できるほど余裕ができたのに、売り上げがすごーく変動しているから生活費は減額のままなんですね。 説得力に欠ける言い訳ですこと。
以前テーブルの上にあったメモを思い出した
生活費から、毎週末の無断外拍時の食費代と自分で作る朝食代を差し引く

夕食 金 土 日 ✖5➡3食分6000円 4週 24000円、 朝食 30食分 9000円、 計33000円 食費から引いておきます
5食分ではなく、金土日の夕食3食分の間違いですね。1回2千円の夕食ですか?
夫が家で自分で用意する朝食が3百円。
こんなに差し引かれては生活できませんよ。
彼女との外食代を生活費から差し引くとはね。生活費を渡す以外はすべて自由に使ってるんですから自分で出したらいいのにね。
勝手に無断外泊しておいて、その夕食代を差し引く。夫の行動、思考、すべて理解できない。
生活費から差し引くことができるのは、買ってきてくれたおかゆのレトルト代ですよ!
次へ
11.架空のメモ A made-up memo.
30年間の家計の預金高を教えてください。500-700万くらいあると思います。
返答は前回のブログに載せました。
夫に必要な生活費のみ渡されていたので、預金があるはずがないと。
マンション購入の頭金が500万でした。 家計の預金から200-300万出していると思われます。 実家に、平成5年8月に、”カバ男に500万”のメモがあります。 家計の預金に入れてください。
”義父からの ”500万”のメモ
訳の分からない夫のメールに首をかしげてしまう
マンションの頭金を平成4年に私の婚前の資金と夫が言うように家計の預金から捻出した。
平成5年のそのメモに書かれた現金はローン返済に回したか、夫が所持しているかのどちらかだ。
家計の預金に入れられるのは、家計を管理している夫しかいない。なんせ夫が受け取ったのだから。
このメールの意図は何だったんだろう。
家計の預金高が5百から7百万あり、それに加え親からの贈与5百万を預金に入れてくださいって言われてもね。
架空の預金高が存在してる上、更に架空のお金をどうやれば預金できるのでしょうか。
私が家計費をやりくりして、たんす預金してることにしたいのかしらん。
それにしても金額が大き過ぎはしませんか。
He has got it all wrong (勘違いも甚だしい。)
夫の両親から孫(私たちの娘)へと渡されたおこずかいでさえ、夫の懐に入れた。『親のものは俺のもの』と言いつつ。
車を買う時は親に代金を貰いに行った。
趣味で始めたパラグライダーを2基も買ったり、海外旅行三昧。自由に使ってたよね。
これ以上夫にお金を渡さないように頼んだ時、義母はつぶやいた。
『どうせカバ男のものになるんだから 』
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収入額を隠す夫
リストラ後、自営を始めてから、夫に収入を尋ねてみると、
『 月によってup-downがあるから。』
そうやって言葉を濁しては、収入額を隠してた。なぜ妻に隠す必要があったのでしょうか?
適当に見積もって要求した夫が消費したであろう旅行金額。
かなり高額だと思ったが、文句も言わず全額振り込んだってことはですよ、この金額以上に使っていたってことですよ。正確な金額は本人もわからないと思いますが。
His cxcessive travelings with her ate too much into our assets
(過度の彼女との旅行が私たちの財産を使い込んだ)
愛情がない夫婦にとって、悲しいかな、残されたのはお金の問題。
私が要求しているものは、夫が誰か一緒にと浪費した旅行費の返還と今住んでいる古いマンションの権利。
娘たちにはお互いが同額を贈与するから、これは公平。
一旦支払うことを認めておいて、後から、ひっくり返す。
架空の大金を現実化しようする夫。
不透明な上、ずさんな管理。
結婚当初は、私が家計をやりくりしていたが、私からおこずかいを渡されるのがいやだからと、ケチケチ生活するのがいやだから、夫が管理すると言い出した。
だから収入も秘密。支出も秘密。
実態のない、なぞのお金。それ、使っちゃったんじゃないの?
I couldn't help but wonder (不思議でたまりません)
はたして離婚はいつ成立するのだろうか。不安がよぎった。
次へ
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8.離婚条件

- 浮気発覚後、持った最初で最後の話し合いはむなしくおわった。 ぼそぼそと夫は言った。浮気の原因は私のせいだと。
話し合いなしで離婚届提出をせかす夫に離婚条件4つ
1.共有財産からの旅行などで浪費した金額○○万円を返還する。
毎年2度の海外旅行1回につき2週間ほど、毎年50万円程度の旅行額 10年分。 中国の仕事と称し 愛人同伴で台湾、香港、オーストラリア、ダーウィン、など周遊旅行、交際費、週末のホテル代金を含む
2.娘二人に一定額を生前贈与する。
財産が相手側に渡る前に、夫婦二人が公平に娘たちに同額各○○○万円ずつ贈与する。
現在カバ男は愛人同伴海外旅行、毎週末の宿泊で多額を支出しているため財産を喪失する可能性が高い。
また再婚相手にすべて相続させることもできるため、現時点において贈与を行う。
3. マンションを私の名義にする。
現時点のマンション査定額と私が結婚前の貯蓄から支払った購入時の頭金が同額である。
リフォーム代金は私の母親から娘への成人祝い金で賄った。その時、夫は資金面だけではなく、家具の移動さえも手を貸さなかった。自宅にいても、職人に挨拶一つもなく、部屋に隠れていた。
4.厚生年金を50パーセントで分割する
結婚後、 私のパートの賃金も家計の足しにしてきた。一切、子供の面倒、家事を手伝うこともなく、自分の趣味に支出してきた夫。
年金分割は妥当だ。
夫は、4.に関しては調べる時間がほしいと言い、
1を拒否した。
マンションだけでいいんじゃない?
とのたまう夫にしっかり説明をして差し上げた。 夫婦の収入は共同財産であり、ひとり旅と称し同伴旅行で多額を消費した責任を取るよう主張した。証拠もあるよ。
その後、条件123は認めた。
1 2 3 の条件を承諾したと言うメールを当日中に送ることを約束させて各自の部屋へ解散。
話し合いが終わった。自分を見失った。こんなにも怒りを溜めこんでいたなんて。
いつのまにか大声になっていた。隣の部屋で寝ている小さな孫が目を覚まさなくてよかった。
惨めさとむなしさが残った。 しかし、なんとまあ、あっさり承諾したもんだ。決め手は、相手の人と会って直接話したいと言ったからかも。
ところがどっこい、翌朝届いているはずのメールが無かった。
約束した”離婚条件を承知したというメール”をよこさなかった夫
翌朝、スマホ片手に夫に詰め寄った。
一体なんのための話し合いだったの?
承諾したと言ったにもかかわらず、その証拠としてのメールをよこさないとは。
仙台に旅立つ朝 もちろん同伴旅行に違いない。支度をしている夫の部屋のドアの前で仁王立ち。
"承諾した"と言うメールを送らないなら、一歩も外へは出さないぞ。と気迫で部屋のドアを立ちふさいだ。 時間が迫る。
結局、だれかさんと仙台旅行に行きたいがため その場で離婚条件承諾のメールをしぶしぶ送った。
He agreed the conditions with unwillingly
(しぶしぶその条件を飲むしか方法はなかった)
ペン子(私)に○○○万、○○江(長女)に○○○万、
○○美(次女)に○○○万、マンションを、ペン子(私)に譲渡いたします。
おっと、娘のなまえの漢字間違ってますよ。我が子のなまえ...
そう言えば、昔、家族ハワイ旅行の申し込み書にも同じように間違えて記入して、予約取り消しになるところだったよね。
すべてが適当な夫
しかし、娘と初孫が遠方から帰省している時に不倫旅行に出かけるとは大した度胸だこと。
話し合いの翌日にはとんずらですよ。すでに予定してた旅行をキャンセルしたくはないよね。年末旅行のように。
せこい人だから
どうぞどうぞお構いなく。とっととお出かけ下さいまし。
離婚条件の承諾さえ得られたってことで最初の一歩を大きく踏み出せたから。
しかし、安心するのは早すぎた。信じてはいけなかったのだ。このメール、この人を。
この後、長い結婚生活で知らされなかったことが次々と明らかになっていった。
離婚への長い険しい道が続くとは。。。
2. 家から出て行って!

浮気の発覚翌日,故郷でのクラス会。帰りの長距離バスは夕日を追って走る。前方の大きな窓から夕陽を眺めつつ、離婚の決意は固まりつつあった。
宣戦布告だ!
2017年11月4日 まずは別居提案のメールを送った
そろそろ別々に暮らしませんか.
勝手にどうぞ
このマンションから出て行ってください。どなたかと一緒にくらしたらどうですか?
全ての費用をこの町に支払ってます。この町が気に入ってます。提案した方が出て行くべきです。面倒な手続きと行動を行うべきです。
夫が言いたいことは、住んでいる町に税金を納めているのは自分である。だからここに住む権利がある。
別れたいなら出て行けばよい。そして 離婚の手続き等は提案者がすべきだよ。
11月10日 夫が👇ひとこと言い放って仕事に行った。メールを避けたのだ。
『今日は京都に泊まる。』
『えっ?京都のどこに?』
『カラオケかどっか。』
直接口で伝えれば外泊の履歴も残らずに済む。まさかホテルに泊まると言えないし、カラオケかどっかとは上手いこと考えたもんだ。かしこくなったね。
どっかってどこ? なぜ京都に?
もっと突っ込むべきだったね。
もう、お決まりのメール"I will stay dormitory tonight"が届くことはなかった。
そしてその後は無断外泊となりました。
屈辱感 最高値
夫からの宣戦布告 2017.11.17
夫の部屋のパソコンデスクの上に”パッケージ”が1個ポツンとこれ見よがしに置いてあった。これはホテル名なしのもの。その後はここがそれの定位置となった。ずーとそこに居座っているのだ。
What does that mean?(どういう意味でございましょうか?)
屈辱を与えたかった? 部屋に入るなと言うサイン?嫌がらせ行為?
少なくとも浮気をしている事実を認めたことには違いないよね。
ことばを使って気持ちを伝えることができない人だった。国語が苦手だったと聞いたことがある。
メールの意味も理解に苦しむことが多々あったしね。
きっと何か言いたかったんだね。
じゃあ、はっきり言ってよ!
この侮辱的なものを横目に、夫の部屋で証拠になるもの、銀行からの通知書、保険書類などを埃にむせながら(夫は掃除をしないため)シャッターを切ったが、手が震えてピンボケばかり。
I was completely worn out from that.
(その作業でくたくたに疲れ果てた。)worn out - 使い古して、すりきれてボロボロになった
心身ともに疲れるはてる作業だった。何とも言えないむなしさが押し寄せてきて脱力感半端ない。
デスクの上のものは脅威だった。邪気だ。パワーを吸い取られる。
でも、隠される前に証拠になるものを見つけておかなければ。
1. 証拠発覚 翌日離婚を決意
いさぎよく 離婚を決意し、
メールのやりとりを通して離婚到達までを振り返りながら書き留めていきます。
気持ちを整理し、理解し、受け止め、前に進むために ここちよく 生活をするために。
It's not good to keep looking back only.
(振り返るだけはよくない)
I need to make peace with my past and move on.
(過去を受け入れて そして前に進む)*make peace with~ ~を受けとめる、~と和解する
離婚を決意
それは突如としてやってきた
小学校のクラス会参加が発端。ここ数年、ここちよい暮らしから遠のいていた。それは夫との関係がかなり悪くなっていたから。
できればうーんと距離をおきたい状態。会話を避けたいがため、コミュニケーション手段はメールとなっていた。
ひとりになりたかった。息苦しい生活。取り合えずは別居をしたかったが、そのころは離婚という文字は、まだ頭になかった。そんな中
I will stay domitory
ドミトリーとはゲストハウスなどの簡易宿泊施設のこと
夫の 外泊始まる
2017.4月よりこんなメールで外泊が始まった。その後も度々送られてきた。
夫は都合の悪いこと、伝えたくないこと、言い訳などを英語でメールをする癖があるのだ。
そして今回はうその場合も英語を使うことが判明。お互い英語は学んではいるのだが、まだまだ正しく意思疎通ができるレベルではない。
夫がバイクで1時間ほどかけて通勤していた事務所は、外国人の為のゲストハウスやドミトリーがある観光地にあり、そこに泊まることはあり得えないこともない。外国人と話す機会も得られるし。彼はそういうことを好む人だったから。
その夜もこのメールが届いた。
しかし、いつもなら、ひとりで過ごせる幸せな夜にニンマリのはずが、、、
翌朝はクラス会参加のため長距離バスで実家に行き一泊する予定になっていた。前日、運悪くペットが1日3回も発作を起こした。しばらく撫でてやれば治まるのだが、対処法とともに夫に様子を見てほしいことはメールで伝えてあった。
それなのに外泊するって!

ペン子(私)
いったいどこに宿泊してるの?明日は帰ってくるの?
すぐさまメールを入れた。午前0時前後だったと思う。
いくら待っても 全く返信なし
おかしいぞ!!!ピンときた!
夫の部屋を探った。ふだんは踏み入れないけど。
I sensed something was wrong with him right away.
(なんか変だとすぐにきづいた。)
そして、夫のクロゼットのペンケースの中にhotel名入りのパッケージを発見!なんとまあ!こんなところにこんなものが
すでに冷めきった夫婦だったが、まさかの浮気の証拠に足がわなわな。そしてその場に立ちすくんだ。 あまりにも生々しい証拠じゃありませんか。
I was totally blindsided. (不意打ちを食らった。)blindside-盲点を突く
実家までは電車と長距離バスで5時間弱かかる。こんな足元ふわふわ状態のままでたどり着けるのかと不安になった。
クラス会のキャンセルも頭をかすめたが、居ても立ってもいられない。家にいてもしょうがない
行くぞ!
I cannot count on him any more. (もうこれ以上は当てにできない )
急遽 近くに住む次女にペットの世話を頼んで故郷へ出発した。
長距離バスの中では友達とのLineで気を紛らわせた。
クラス会でも、しゃべって、食べて、笑った。でも、気の知れた何でも話せる幼馴染にでさえこのことは触れなかった。さすがに衝撃がきつ過ぎた。
ただ、「夫と一緒に生活する理由が見つからない」と口走ったことだけは記憶に留めている。
夕日が眩しい。帰りの長距離バスの中で離婚をこころに決めた。いさぎよく。
2017,11月
そして 離婚と言う名の終着駅に向かって走り出したのであった。
まさか こんなに終着駅が遠いとは、でこぼこ道だったとは、沼に足を取られるとは、
思うすべもなかった。。。。
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